ヒヤリハットは書いて終わりじゃない。AIで集計して、施設の事故予防につなげる
介護の現場では、事故にはならなかったものの、「危なかった」と感じる場面が日々あります。
転びそうになった。薬を渡し間違えそうになった。車椅子のブレーキが外れたまま立ち上がりそうになった。
こうした「事故にはならなかったけれど、ヒヤッとした出来事」が、ヒヤリハットです。
一方で、実際に転倒した、ぶつけた、薬を間違えたとなれば、事故として扱われます。
もちろん、介護の現場で働いている方なら、ヒヤリハットという言葉は知っていると思います。でも実際の現場では、その出来事を記録するヒヤリハット報告書が「書くもの」になっていて、「使うもの」になっていないことがあります。
今日は、ヒヤリハット報告書を「書いて終わり」にしないための使い方をお話しします。AIを使った集計や壁打ちについても、わたし自身の考えを交えながらお話しします。
事故とヒヤリハットは、別々ではなくつながっている
事故とヒヤリハットは、別々の出来事ではありません。
事故として表に出る前に、小さな違和感や、危なかった場面がいくつもあります。
労働安全の世界では、1件の大きな事故の背景には、軽い事故やヒヤリとした出来事が多くある、という考え方があります。いわゆる「ハインリッヒの法則」です。
ここで大事なのは、数字をそのまま介護現場に当てはめることではありません。
大事なのは、大きな事故だけではなく、その前に起きている小さなヒヤリにも目を向けることです。
転倒事故が起きたあとに、「なぜ転んだのか」を振り返ることはもちろん必要です。でも、その前に、
- 何度も立ち上がろうとしていた
- ブレーキが外れたまま立とうとしていた
- ナースコールが手の届かない場所にあった
- 夜間のトイレ誘導が同じ時間帯に重なっていた
こういう小さなヒヤリが、すでに何度か起きていたかもしれません。
そうしたヒヤリを見逃さず、次の事故を防ぐために活かしていくことが大切です。
ヒヤリハットは、報告するだけでは事故予防にならない
ただ、現場でヒヤリハット報告書を書くのは大変です。
忙しい勤務の中で、食事介助、排泄介助、コール対応、記録、申し送り。その合間に「ヒヤリハット報告書も書いてください」と言われる。
正直、書く時間がない。
しかも、報告しても何も変わらない。委員会に出されているのか、誰かが読んでいるのか、改善につながっているのかも分からない。
こうした状況が続くと、ヒヤリハット報告書は次第に「提出すること」が目的になってしまいます。
提出するために書く。件数をそろえるために書く。監査や委員会で「やっています」と言うために書く。
でも、それでは事故予防にはつながりません。
ヒヤリハット報告書の価値は、提出したあとにどう活かすかにあります。報告書を集めて、内容を並べて、見直して、そこから何を変えるか。
そこまでやって、はじめて事故予防につながります。
報告書を1枚ずつ読むだけでなく、全体を見る
ヒヤリハット報告書を1枚だけ見ると、どうしても「そのときの職員」に目が向きやすくなります。
「なぜ見守っていなかったのか」 「なぜブレーキを確認しなかったのか」 「なぜ声をかけなかったのか」
もちろん、その場の行動を振り返ることは必要です。 でも、そこで止まると、職員個人の注意力の話になってしまいます。
本当に見たいのは、そこだけではありません。
報告書を全部並べてみると、1枚ずつでは見えなかったものが見えてきます。
- 同じ時間帯に立ち上がりが多い
- 同じ場所で車椅子のブレーキ忘れが起きている
- 食前後に薬の渡し間違いが起きそうになっている
- 特定の動線で接触しそうな場面が多い
- 夜勤帯にトイレ誘導が重なっている
こうなると、話は変わります。
それは、ひとりの職員の資質だけの問題ではありません。 環境や仕組みの問題として見直す必要があります。
多く起こるヒヤリは、「誰が悪いか」ではなく、その施設で繰り返されている危うさとして見る。
ここが、ヒヤリハットを事故予防につなげる入口だと思っています。
良いヒヤリハット報告書には、俯瞰の視点がある
ヒヤリハット報告書を読んでいて、「おっ」と思うことがあります。
それは、文章がきれいだからではありません。 視点が違うからです。
目の前の出来事だけで終わっていない。 自分の行動だけで終わっていない。
たとえば、
〇〇さんが居室から出てこようとした際、車椅子のブレーキが片側だけ外れていた。声をかけて止まっていただき、ブレーキを確認した。居室入口に荷物があり、車椅子を少し斜めに停める形になっていたため、ブレーキ確認が抜けやすい位置だった。入口周辺の物品整理と、移乗後のブレーキ確認の声かけを統一した方がよいと思う。
こういう記録には、出来事だけでなく、見立てがあります。
「ブレーキが外れていた」 で終わっていない。
なぜその場面が起きたのか。 他の職員でも同じことが起きるのではないか。 環境や流れに原因がないか。 どうすれば少し良くなるか。
そこまで見ている。
これは、個人の反省文ではありません。 現場をよくするための材料です。
もちろん、毎回ここまで完璧に書く必要はありません。 忙しい現場で、長い文章を書くのは現実的ではないこともあります。
でも、短くてもいいので、
- 何が起きそうだったか
- どこで起きたか
- そのとき何が周りにあったか
- 次に同じことを防ぐなら、何を変えられそうか
この視点が少し入るだけで、報告書の内容を改善につなげやすくなります。
AIは、報告内容から改善策を考える壁打ち相手になる
今なら、ヒヤリハットの分析にもAIを活用できます。
もちろん、前提があります。個人情報は入れない。利用者さんの氏名、職員名、部屋番号、具体的すぎる日付など、個人が特定される情報は除きます。
そのうえで、紙のヒヤリハット報告書をスキャンしてPDF化し、AIに読ませる。または、表計算ソフトに入力して、内容をまとめてAIに渡す。
まず、すべての報告書に目を通してもらい、記録されているヒヤリハットを集計してもらいます。
- 転倒・転落につながるもの
- 誤薬につながるもの
- 移乗や移動中のもの
- 食事中のもの
- 夜間帯に多いもの
- 同じ場所で起きているもの
こういう形で、件数や傾向を出してもらう。
次に、AIに聞きます。
この報告内容から、気になるヒヤリハットの傾向をいくつか出してください。その理由も添えてください。
そこで出てきたものから、気になるものを選びます。そして、さらに分解します。
この傾向について、時間帯・場所・動作・環境・職員の動きに分けて、考えられる問題点を整理してください。
さらに、
うちの施設で現実的に変えられそうなことを、すぐできるものから順に出してください。
こんなふうに壁打ちしていく。
AIが正解を出してくれる、という話ではありません。 現場を知らないAIに、施設の改善を丸投げするのは違います。
でも、集まった報告内容を並べて、ヒヤリハットの傾向を出して、考える入口を作る。その壁打ち相手として、AIはかなり役立ちます。
特に、AIに自分の施設の実情をある程度伝えておくと、提案の精度は上がります。
たとえば、
- 施設の種類
- 利用者さんの傾向
- 夜勤体制
- フロアの構造
- 委員会の頻度
- これまで取り組んだ改善策
こうした情報を、個人情報を含まない形で共有しておく。
そうすることで、ただの一般論ではなく、「うちの施設なら、どんな改善ができるか」まで一緒に考えやすくなります。
委員会の前に、集計を配る
ヒヤリハットの報告内容を委員会で活かすなら、委員会の場で初めて資料を読むのでは遅いと思います。
委員会の時間は限られています。 その場で資料を読み、件数を眺め、そこから改善策を考える。 これでは、どうしても報告で終わりやすくなります。
だから、わたしなら委員会の前に集計を配ります。
「今月は、こういうヒヤリが多かった」
「時間帯ではここが目立つ」
「場所ではここが多い」
「AIに見てもらったら、この傾向が気になると出た」
そこまでを事前に共有しておく。
そして、委員会に参加する人には、ひとつだけ持ってきてもらいます。
改善できる可能性のあることを、1つでいいから考えてくる。
大きな改善でなくていいんです。
- 物の置き場所を変える
- 声かけのタイミングをそろえる
- 申し送りで見る項目を1つ増やす
- 夜間の巡回ルートを見直す
- 車椅子の停め方を統一する
- コールの位置を確認するタイミングを決める
そのくらいでいい。
むしろ、最初から大きな改革にしない方が続きます。
委員会で話すのは、誰が悪かったかではありません。
次の事故を防ぐために、何を変えるか。
委員会では、そこに集中したほうが、ヒヤリハットの報告内容をより効率的に活用できると思います。
多く起こるヒヤリは、人ではなく仕組みを見る
同じようなヒヤリが何度も起きているとき、それを職員の注意不足だけで片づけるのは危険です。
もちろん、確認不足や声かけ不足があることもあります。 でも、同じことが何度も起きるなら、そこには仕組みの問題があるかもしれません。
たとえば、車椅子のブレーキ忘れが多い。
それを「ちゃんと確認しましょう」で終わらせると、また起きます。
見るべきなのは、
- どの場面でブレーキ忘れが起きているのか
- 移乗の手順が職員ごとに違っていないか
- 車椅子を停める場所に無理がないか
- 声かけや確認のタイミングが決まっているか
- 忙しい時間帯に動作が重なっていないか
こういうところです。
ヒヤリハット報告書は、職員を追い詰めるためのものではありません。 職員を守り、利用者さんを守るためのものです。
だから、たくさん起きているヒヤリほど、個人ではなく環境を見る。 性格や資質ではなく、仕組みを見る。
ここを間違えないことが大事です。
まとめ:ヒヤリハットを報告できる職場は、事故の前で止まれる
ヒヤリハット報告書を書いても、怒られる。 書いても、何も変わらない。 書いても、忙しさだけが増える。
そういう職場では、だんだんヒヤリハットの報告が出なくなります。
でも、報告が出ないことは、ヒヤリハットが起きていないという意味ではありません。 危険が見えていないだけかもしれません。 見えていても、書かれなくなっているだけかもしれません。
反対に、ヒヤリハットの報告がきちんと出てくる職場は、強い職場です。
事故になる前の小さな違和感を、誰かが拾えている。 それを報告しても、責められない。 書いたあとに、少しでも現場が変わる。
だから、次も書こうと思える。
この循環ができると、ヒヤリハット報告書はただの紙ではなくなります。
施設のクセを見つける材料になり、委員会で話し合う材料になり、現場を少し変える材料になります。
大事なのは、立派な対策を一度で作ることではありません。
まず、報告書を集める。 報告内容を並べる。 気になるところを見つける。 できそうなことをひとつ変える。
その繰り返しです。
ヒヤリハット報告書は、書いて終わりではありません。 書いたあとに、現場を少しだけ変える。
そこまでつながったとき、はじめて事故予防の道具になるのだと思います。
みなさんの施設でも、日々集まるヒヤリハット報告書を、次の事故を防ぐためにぜひ活用してください。
よくある質問
AIにヒヤリハット報告書を読ませても大丈夫ですか?
個人情報を入れないことが前提です。 利用者さんの氏名、職員名、部屋番号、具体的すぎる日付などは抜き、個人が特定されない形にしてから使います。 また、施設のルールや法人の情報管理方針も必ず確認してください。
AIに任せるのは、判断そのものではありません。 件数や傾向を整理してもらい、考える材料を作るところです。
ヒヤリハットの報告が少ない職場は、安全な職場ですか?
一概には言えません。 本当にヒヤリハットが少ない場合もありますが、書く時間がない、書いても変わらない、書くと責められる、という理由で報告されていないこともあります。
報告が少ないときほど、「書きにくい空気になっていないか」を見た方がいいと思います。
委員会で何から話せばいいですか?
まずは、件数が多いもの、同じ場所で繰り返されているもの、同じ時間帯に集中しているものから見ると話しやすいです。
そのうえで、「誰が悪いか」ではなく、「何を変えられるか」に絞ります。 物の位置、動線、声かけ、時間帯、申し送り、職員配置。 できそうなことをひとつ決めるだけでも、委員会の意味は変わります。
記事で紹介したスキャナー
わたしの事業所でも、ScanSnapを使っています。便利なのは、原稿の表裏を気にせず読み取れるところです。紙の報告書をまとめてPDF化するときにも、こうしたスキャナーがあると手間を減らせると思います。
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現役のケアマネジャー(主任介護支援専門員)。在宅介護の家族に「ちょっと隣にいる人」がいたらいいなと思ってこのブログを始めました。猫のこまりとお届け中。
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