ぴーちゃん、19年ありがとう。目が見えなくなっても、母のそばにいてくれた
こまりが来る前、うちには「ぴーちゃん」という猫がいました。 アメリカンショートヘア。グレーに黒い縞の、シルバータビーです。 19年、いっしょにいました。
今日は、その話をさせてください。
ぴーちゃんは、こんな猫だった
やたら喉を鳴らす猫でした。
撫でてあげると、ゴロゴロと低い音を立てて。そして喉を撫でてあげると、よだれがポタッと落ちるんです。うっとりしすぎて、自分でも気づいていないんでしょうね。
あれは笑いました。何度やっても、毎回ポタッときます。
じゃれることは、あまりありませんでした。おもちゃを投げても、ちらっと見て終わり。こまりみたいに飛びかかってくることは、ほとんどなかったです。「こっちが遊んでほしくても、そっちの都合でしょ」という顔で、ベッドに寝転んでいました。
そう、よく寝ていました。ベッドの真ん中で、お腹を丸出しにして。我が物顔で。

こまりのことを思うと、ほんとうに対照的です。こまりは、すきあらば登る、走る、じゃれる、催促する。静かにしていると思ったら、どこかで何かを倒しています。ぴーちゃんは静かで、落ち着いていて、ゆったりとした、重みのある猫でした。
年をとっていく、ぴーちゃん
16〜17歳くらいから、だいぶ足腰が弱ってきました。
ぴょんと跳び乗れていた場所に、うまく上がれなくなって。後ろ足がふらつくようになって。ゆっくり、ゆっくり、歩くようになりました。
そして最後の1年くらいは、目が見えなくなっていました。
それでも、水飲み場の場所は覚えていたんです。壁に沿って、ゆっくり歩いて、ちゃんとたどり着いていました。
痙攣を起こすことも増えてきて、家族みんなが気にしながら見守る日々になりました。
「今年の夏、超えられるかなぁ」——そう家族で話していました。
夏を越すたびに、また越えたね、と思っていました。
そのころ、父が倒れた
ぴーちゃんが目の見えないまま過ごしていたころ、父が倒れました。脳梗塞で、入院が続いて、数カ月、家に帰ってきませんでした。
寂しがり屋の母は、ずっと夜も眠れない日々を送っていました。
昼間は気を張れます。でも、夜はそうはいきません。父のいない家で夜をやり過ごすのは、しんどかったと思います。
ぴーちゃんは、ずっとそばにいた
目も見えません。足元もおぼつきません。自分だって、もうそんな状態なのに。 それでも、母のいる場所へ来て、そばに座っていました。
何も分かってはいないんでしょうけど、健気にずっと寄り添っていました。
何かを分かっていたとは思いません。ただ、いた。ただ、いてくれた。 それだけで、母はどれだけ救われただろう、と思います。
父が退院して、1カ月ほどたった朝
12月4日の未明、ぴーちゃんは旅立ちました。
父が家に戻って、母が眠れるようになって。そのすぐあとでした。
きっと母を支えるために、頑張ってくれたんだと思います。
真相は定かではありません。猫に聞いても、答えてはくれませんから。 でも、そう信じている。それでいいと思っています。


チュールを供えました。ぴーちゃんが好きだったので。
それから数年たって、こまりが来た
こまりを迎えるときは、もう数年経っていましたからね。特にためらいはありませんでした。
ぴーちゃんのことを忘れたわけではありません。代わりにしたかったわけでもありません。ただ、また猫のいる暮らしがしたかったんです。
そうしたら、こんなに違う猫が来ました。
じゃれる。走る。登る。催促する。夜中に何かを倒す。なでると全力でゴロゴロする——でも、よだれは落としません。
ぴーちゃんとは、全然ちがいます。 でも、どっちも大事です。
現役のケアマネジャー(主任介護支援専門員)。在宅介護の家族に「ちょっと隣にいる人」がいたらいいなと思ってこのブログを始めました。猫のこまりとお届け中。
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