いつもの催促、いつもの一日。こまり、うちに来てくれてありがとう
今日でこのブログが100本目になります。
でもこまりは、何も知らない。
決まった時間に来て、決まった顔で、いつも通りごはんを催促している。
それがなんだか、よかった。
いつものこまり
毎日だいたい同じ時間に、こまりはごはん皿のそばに座る。
見上げる。また見上げる。
「気づいていないの?」という顔で、こちらをじっと見つめる。
ごはんを置くと、もりもり食べる。
食べ終わったら、チュールの引き出しの方向にするすると移動する。
あのおやつ箱を覚えているのだ。
チュールを食べるとイカ耳になる猫。こまりの1日1本の幸せにも書いたけれど、こまりのチュールタイムは毎日1本と決めている。
袋を開ける音を、この子はどこにいても聞き分ける。
本当に、この子は毎日おなじことを繰り返している。
それを見て、今日も笑っている。
ごはんに夢中になっているところは、こちらでどうぞ。
何も起きない、いつもの一日。
こまりが来た日のこと
こまりが来る前、4年ほど家に猫がいなかった。
先代の猫を見送って、しばらくはさみしかった。でも次を迎える気持ちには、なかなかなれなかった。「準備ができたら」と思っているうちに、時間だけが過ぎた。
「そろそろかな」と、あるとき自然に思うようになった。知り合いに声をかけたり、里親募集のページを見たりした。でもなかなか縁がつながらなかった。
ある日、母が写真を1枚持ってきた。
困ったような、独特な顔をした小さな猫。
マンチカンで、ブラウンタビー。
「この子、どう思う?」と言う母の声を聞く前に、もう決まっていた気がする。
その顔に、一目惚れした。
母と二人で、県外まで迎えに行った。
その場所は、ペットショップだった。
正直なところ、命をお店で迎えたことが正解だったのか、今もわたしにはわからない。
ただ、あの日あの写真に出会ったことは、縁だったと思っている。
こまりは顎が少し変形していて、左下の歯が口の中にうまく収まらない(こまりの歯のはなしにも書いた)。
もう少し大きくなっていたら、選ばれなかったかもしれない。
そう思うと、あの顔で、わたしたちの前に現れてくれたことが、ただありがたかった。
いてくれて、ありがとう
こまりが、何か特別なことをしてくれるわけではない。
介護の話を聞いてくれるわけでも、疲れた日に気を遣ってくれるわけでもない。
決まった時間にごはんを催促して、チュールを要求して、好きな場所で寝ている。
でも、こまりが来てから、家族みんなの顔がやわらかくなった。
それについてはうちのこまりが1歳になりました。半年で変わった、家族の笑いの話に書いているので、気が向いたら読んでみてください。
何も起きない今日が、いちばんありがたい。
そのことを、この子は何も言わずに教えてくれている。
いてくれて、ありがとう。
このブログを読んでくれているみなさんも、今日もお疲れさまでした。
くたびれた日は、こまりのごはん顔でも思い出して、ひと息ついていってください。
現役のケアマネジャー(主任介護支援専門員)。在宅介護の家族に「ちょっと隣にいる人」がいたらいいなと思ってこのブログを始めました。猫のこまりとお届け中。
この人について →