チュールを食べるとイカ耳になる猫。こまりの1日1本の幸せ
チュールの袋を「カサッ」とつまむ。それだけで、こまりが飛んできます。
さっきまでぐっすり眠っていても、どこにいても、あの音だけは聞き逃しません。
今日は、そんなこまりの「全力の幸せ」の話です。 たかが猫のおやつの話ですが、見ているだけで、なぜかこっちの力まで抜けてくる。そんな話を。
おやつボックスの上の、特等席
うちのこまりは、おやつをしまっている箱の上が定位置です。
チュールの時間が近づくと、そこに座って、こちらをじっと見てきます。ときどき前足で箱の端をカリカリして、「早く出してよ」と催促することも。 ときには、自分で箱のフタを器用に開けて、こっそり盗もうとしていることもあります。さすがに止めますが、その手際のよさには、ちょっと感心してしまうほど。
ふだんは、呼んでもなかなか来ないマイペースな子なのに、チュールのときだけは、まるで別猫です。
袋を取り出して手間取っていると、口元からよだれが垂れてくる。待てない、もう待てない、というのが全部、顔に出ています。
そして、いざ渡すと——両前足で、ガッと抱え込む。
なぜかイカ耳(耳が横にぺたっと倒れた状態)になりながら、鼻の頭にチュールをつけて、全力で舐めはじめます。
——ちなみにこの「イカ耳」、本来は猫が不機嫌なときや、警戒・緊張しているときに見せるサインと言われます。でも、こまりのは、どう見てもチュールに夢中なときのイカ耳。「早く食べたい!」の真剣さが、つい耳に出ちゃってるんでしょうね。怒ってるわけじゃ、たぶんない(笑)。
食べ終わったことにも気づかず、袋の先を舐め続けること10秒。 それから顔を上げて、ご満悦の表情で毛づくろい。その満足しきった背中を見ると、なぜかこっちまで、ちょっと満たされた気持ちになります。
そうして満足すると、何ごともなかったような顔で、また箱の上の特等席に戻っていきます。次の一本は、もう明日なのに。
実際のこまり、よかったら動画でどうぞ。
1日1本、がルール。頑張った日はおまけ
こまりのチュールは「1日1本」と決めています。 あんなに喜ぶなら好きなだけあげたい、と毎回思うのですが、そこはぐっとこらえています。
チュールには、それだけで栄養がそろう“総合栄養食”タイプと、おやつタイプがあります。こまりが夢中なのは“贅沢”シリーズ(おやつのほう)。だから主食のごはんは別にちゃんと食べてもらって、これは1日の楽しみとして、1本だけ。
……とはいえ、例外もあります。
誕生日のとき。長めに外出して、お留守番をがんばってくれたとき。あとは、なんとなく「今日は、お互いお疲れさま」と思えた日。 そういう日だけ、もう1本、おまけです。
とはいえ、一本目の直後に立て続けであげるわけではありません。ちゃんと時間をあけて、その日のどこかで、もう一本。 おまけを出すと、こまりは「え、いいの?」という顔をして、一本目とまったく同じ全力で、また抱え込みはじめます。
おまけの日のこまりは、いつもより少しだけ得意げな顔をしている気がします。気のせいかもしれませんが、それを見ているこっちまで、なんだか嬉しくなってしまうんです。
チュールって、実はすごいおやつなんです
こまりにとっては”最高のごちそう”ですが、チュールって、じつは”ただのおやつ”以上の働きをすることがあります。
あのペースト、水分が約90%(メーカーいわく)。だから、ふだんあまり水を飲んでくれない猫の水分補給にもなります。夏場や、年をとって水場まで歩くのがおっくうな子には、これが地味にありがたい。
そして食いつきがいいぶん、食欲が落ちたときの“呼び水”にもなります。ごはんを食べられなくなったシニア猫が「チュールなら口にできた」という話は、本当によく聞きます。総合栄養食タイプを選べば、食が細った子の栄養を支えることも。
人の介護の現場でも、似たことがあります。「もう何も食べたくない」という方が、好物のひとくちだけは、すっと口にできることがある。“好き”の力は、栄養の数字には出てこないけれど、たしかにあるんですよね。
小さな一本が、ちゃんと”生きる力”を後押しすることもある。あなどれないんです。
“全力で一瞬を味わう”ということ
こまりを見ていて、いつも思うことがあります。 全力なんです。たった一本のチュールに、毎回、全力。
飛んでくる、抱え込む、イカ耳になる、よだれが出る、鼻につける、全力で舐める。 そして食べ終わったら、ご満悦で毛づくろい。なんの迷いもなく、その一瞬を全部使っている。 出し惜しみも、照れも、「あとで」もない。今この一本が、こまりの世界のすべてです。
動くこまりは、こちらから。
昨日のことを悩んでいないし、明日を心配してもいない。 チュールが来た、嬉しい、食べる。それだけ。
正直に言うと、わたしの毎日は、こまりとは正反対です。 携帯には不在着信が並んで、頭の中はいつも「次にやること」でいっぱい。気づけば、目の前のごはんの味も、空の色も、ろくに覚えていない日があります。
でも、チュールに全力なこまりの顔を見ると、その全部が、ふっとどうでもよくなるんです。 「まあ、いっか」と思える。張りつめていた肩が、すとんと落ちる。
こまりは、わたしを慰めようとも、励まそうともしていません。ただ、自分の一本に夢中なだけ。 それなのに——いえ、それだからこそ、見ているこっちの力が、自然と抜けていくのかもしれません。
うちのこまりが1歳になりました。半年で変わった、家族の笑いの話でも少し書きましたが、こまりがうちに来てから、わたしの中の「無駄に力が入っていた部分」が、少しずつほぐれてきた気がしています。
特別なことをしてくれるわけじゃありません。ただそこにいて、全力でチュールを食べて、気持ちよさそうに眠る。それだけで、家の中の空気が、ずいぶんやわらかくなりました。
小さな命の、小さな全力。 それを見ているだけで、こっちの肩が下がる。
あなたにも、“自分のチュール”はありますか
こまりにとってのチュールは、毎日のちいさなご褒美です。 1日1本、決まった幸せ。頑張った日は、おまけ。それだけで、こまりの1日は満ち足りているように見えます。
介護をしながら、あるいは仕事をしながら、家族の世話をしながら——毎日どこかで気を張って、自分のことを後回しにしていませんか。
「こんな小さいことで喜んでいいのかな」なんて、思わなくていいんです。 好きなコーヒーを1杯ゆっくり飲む。5分だけ、好きな音楽を流す。甘いもの一個、昼寝10分。なんでもいい。 自分のごきげんを自分でとっておくことは、わがままじゃありません。めぐりめぐって、となりにいる人へのやさしさにもなります。
今日もチュール一本で、こまりはあんなに幸せそうでした。 人間も案外、それくらいでいいのかもしれません。
まとめ:イカ耳と、ポタッと落ちるよだれ
こまりの全力の幸せ、伝わっていたら嬉しいです。
チュールはおやつなので、うちでは1日1本。それでも、こまりにとっては、ちゃんとした”特別な楽しみ”になっているみたいです。
わたしはふだん、介護のことで悩む方の話を聞いています。 うまく眠れない夜も、なんだか疲れてしまった日も、無理に元気にならなくて大丈夫です。 くたびれた日は、こまりのイカ耳でも思い出して、ふっと一息ついていってください。ここは、そういう場所です。
頑張った日は、おまけを忘れずに。 こまりは今日も、両前足でチュールを抱え込んでいました。
現役のケアマネジャー(主任介護支援専門員)。在宅介護の家族に「ちょっと隣にいる人」がいたらいいなと思ってこのブログを始めました。猫のこまりとお届け中。
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