認知症の進行を、少しでも遅らせる暮らし方
「診断はついた。でも、少しでも進みを遅くしてあげたい。」
「何かできることはないんだろうか…何もしないのがいちばんつらい。」
そう思っているご家族は、たくさんいます。わたしも、ケアマネとしてよく聞く言葉です。
“治す”は今の医療ではむずかしい。でも「穏やかに、ゆっくり」する工夫は、暮らしのなかにあります。 今日は、肩の力を抜きながら読んでほしい記事です。
“治す”ではなく、“穏やかに保つ”という考え方
認知症のケアで大切な考え方のひとつが、「進行を止める」ではなく、「できるだけ穏やかな状態を長く保つ」 という視点です。
病気が進むスピードには、もともとの体の状態や認知症のタイプ、年齢など、個人差がとても大きくあります。「何かしたから進まなかった」「何もしなかったから進んだ」と単純には言えません。
運動や食事、人とのつながりといった暮らし方は、もともと「認知症になりにくくする(予防)」や「認知機能の低下をゆるやかにする」こととの関連が研究されてきました。診断を受けた後の進行そのものを確実に遅らせる、と言い切れるわけではありませんが、今の状態を整え、穏やかな毎日を保つ助けにはなり得ます。 「確実に遅くなる保証はないけれど、やって損はない」——そのくらいの感覚で、日々の暮らしに取り入れてみてほしいのです。
大事なのは、ご家族が無理をしないこと。 「やらなければ」と思いすぎると、介護する側が先に疲れてしまいます。できる範囲で、続けられることを選んでいきましょう。
毎日の暮らしで、大切にしたい3つ
わたしがふだん、ご家族にお伝えするときは、毎日の暮らしで意識しやすいことを、「体を動かす・しっかり食べる・人とつながる」の3つに分けて考えています。特別な道具も費用も、基本的には要りません。
体を動かす
歩く・ストレッチ・軽い体操など、「なんとなく動く習慣」があるだけで、脳の血流に良い影響があると言われています。
激しい運動でなくていいんです。体調に合わせて、短い時間からで大丈夫。家の中を歩く、椅子に座って足を動かす、軽く体操する——その人が無理なく続けられる方法を選びましょう。天気が悪い日は室内でも。 大事なのは「できる範囲で続けること」。持病や転倒の心配がある場合は、主治医やリハビリの専門職に相談しながら進めてください。
ご家族が一緒に歩く時間は、運動だけでなく、お互いの気持ちをほぐす時間 にもなります。
バランスよく食べる
「これを食べれば大丈夫」という魔法の食品は残念ながらありません。 ただ、野菜・魚・豆類を中心としたバランスのよい食事が、脳や血管の健康を支えることはよく知られています。
特に意識したいのが、低栄養と脱水 です。食欲が落ちたり、水分を摂らなくなると、認知症の症状が一時的に悪化することがあります。「食べているか」「水分を摂っているか」を日々観察するだけでも、大切なケアになります。
また、高血圧や糖尿病などの持病を放置しないことも大切です。特に血管性の認知症では、脳梗塞などの再発を防ぐことが、その後の状態を守ることにつながります。薬は自己判断でやめず、定期的な受診を続けましょう。
人と話す・役割を持つ
人とのつながりが、脳の活性化につながることは多くの研究が示しています。
ポイントは「会話そのもの」だけでなく、本人に”役割”を感じてもらうこと です。 たとえば、食事の準備を少し手伝ってもらう。洗濯物をたたんでもらう。孫の話を聞いてもらう。 「頼りにされている」「役に立っている」という感覚が、生きがいや意欲につながります。
認知症になっても、笑ったり、誰かの役に立てる力は残っています。詳しくはこちらの記事でも触れています。
→ 認知症になっても失われないもの8選 家族に知ってほしいこと
いつもと、少しだけ違うことを
ここからは、進行を遅らせる方法というよりも、本人の意欲や楽しみを保つための工夫だと思って読んでください。
これはケアマネとしての実感でもあるのですが、毎日がまったく同じことの繰り返し(マンネリ)になると、脳への刺激は少なくなりがちです。逆に、“いつもとほんの少し違うこと”を混ぜると、それがちょうどいい刺激になる気がしています。
たとえば、散歩コースを少し変えてみる。いつもと違う道を歩くだけで、見える景色も、すれ違う人も変わります。ほかにも、たまには違うお店に寄ってみる、季節の花を見に行く、しばらく会っていない人に電話してみる——。大がかりなことでなくていいんです。「昨日とちょっとだけ違うこと」が、楽しみや会話のきっかけになることもあります。
ただし、ひとつだけ注意を。認知症の方は、変化が大きすぎると、かえって不安になったり混乱したりすることがあります。だから、あくまで”少しだけ”。いつもの安心感は保ちながら、そこに小さな新しさを添える——そのくらいが、ちょうどいいと思います。
急に様子が変わったら、「進行」と決めつけないで
ひとつ、知っておいてほしい大切なことがあります。数日のうちに急に会話がかみ合わなくなった、ぼんやりしている、歩けなくなった、食べなくなった——そんなときは、認知症が急に進んだとは限りません。
脱水・感染症(風邪や肺炎、尿路感染など)・便秘・薬の影響・痛み・睡眠不足など、治療できる体調不良が隠れていることがよくあります。これらは、整えれば元の状態に戻ることも少なくありません。
「いつもと違う変化が、急に現れた」ときは、“進行”と思い込まず、まず早めに主治医に相談してください。
薬でできること、できないこと
認知症の治療薬(コリンエステラーゼ阻害薬やメマンチンなど)は、症状を「少し和らげる」「進みをやや緩やかにする」効果が期待されています。
さらに近年は、レカネマブ(レケンビ)やドナネマブ(ケサンラ)という新しいタイプの薬も登場しました。脳にたまる原因物質(アミロイドβ)に働きかけて、進行そのものを遅らせることをめざす薬です。
ただ、気をつけたい点も多いお薬です。対象となるのは、アルツハイマー病による軽度認知障害、または軽度の認知症の段階で、検査でアミロイドの蓄積が確認された方に限られます(すでに進行した方や、ほかのタイプの認知症は対象外)。レカネマブは原則2週間に1回、ドナネマブは4週間に1回の点滴と、定期的なMRI検査が必要。脳のむくみや微小な出血(ARIAと呼ばれます)などの副作用もあり、受けられる医療機関も限られます。これも”進行を遅らせる”薬であって、止めたり治したりするものではありません。使えるかどうかは検査や状態しだいなので、気になる方は主治医や専門医(もの忘れ外来など)に相談してみてください。
ただし、薬は「万能の切り札」ではありません。
進行を完全に止めるわけではなく、人によって効き方も違います。副作用が出ることもあります。 また、薬だけで「暮らし方を変えなくていい」というものでもなく、薬と日常ケアは両輪だと考えてもらうとよいかもしれません。
「薬を飲んでいれば安心」と思いすぎず、「薬は補助。暮らしのほうも大切」という感覚で主治医と相談しながら進めていきましょう。
薬の種類や量の調整は、医師の領域です。わたしからの記事ではあくまで「こういうものがある」という情報提供にとどめます。気になることは、ぜひ主治医や専門医に聞いてみてください。
「脳トレ」に期待しすぎない
「毎日パズルをやらせています」「計算ドリルをやっています」という話もよく聞きます。
脳を使う活動は、脳への刺激として悪いことではありません。ただ、「脳トレだけで進行が止まる」とは、現時点では言えません。
むしろ、本人が「やらされている感」を感じたり、できないことで傷ついたりするほうが逆効果になることも。
大切なのは、本人が楽しめているかどうか です。 好きな音楽を聴く、昔の写真を一緒に見る、昔やっていた趣味を少しやってみる。そういった「心が動く体験」が、結果として脳にとっても良い刺激になります。
「ドリルをやらせる」より、「一緒に楽しめることを探す」という方向性のほうが、ご家族も本人も無理がありません。
まとめ
「少しでも進みを遅くしたい」という気持ちは、とても大切なものです。 その気持ちがあるだけで、あなたはすでに、ご本人にとっていちばんの支えになっています。
今日の話をまとめると、こんな感じです。
「何もできない」ということはないです。今日、一緒に少し歩いてみること。食事をおいしそうに一緒に食べること。その積み重ねが、穏やかな時間をつくっていきます。
個人差がとても大きい話なので、「これで必ず遅くなる」とは断言できません。 でも、やってみる価値は、間違いなくあると思っています。
具体的な薬の選択や症状の変化については、ぜひ担当のケアマネジャーや主治医、専門医にご相談ください。
家族からよく聞かれる質問
運動は毎日しないと意味がないですか?
毎日できればベストですが、「できない日があっても続けてきたこと」に意味があります。 毎日できなくても、無理のない範囲で続けることが大切です。 「今日は雨だからできなかった」で落ち込みすぎず、続けやすいペースを本人と一緒に探してみてください。
食事制限が必要ですか?何かを食べさせてはいけないものはある?
基本的に「これだけは絶対ダメ」という食品はほとんどありません。 ただ、過度な塩分や、偏りすぎた食生活は脳血管の健康に影響することがあります。 「制限する」より「バランスよく楽しく食べる」を目標にするほうが、本人にとっても続きやすいと思います。
社会との接点が少ない親に、どうやって「人と話す」機会を作ればいいですか?
外出が難しい場合は、電話やビデオ通話のほか、家族と一緒にテレビを見て感想を話すことも、人や社会とつながるきっかけになります。 また、デイサービス(通所介護)や認知症カフェは、無理なく人と関われる場として活用されている方も多いです。 「外に出る」以外の方法もあるので、担当のケアマネジャーに相談しながら、本人に合う形を見つけていきましょう。
本人が「何もしたくない」と言うときは、どうすればいいですか?
無理に何かをさせようとすると、かえって関係がこじれることもあります。 まずは「そうか、今日はゆっくりしたいね」と受け止めるところから。 調子の良い日に少し一緒にやってみる、というくらいのゆるさでじゅうぶんです。 「今日できなかった」を責めず、できた小さなことを一緒に喜ぶ関係が、長続きの秘訣だとわたしは感じています。
現役のケアマネジャー(主任介護支援専門員)。在宅介護の家族に「ちょっと隣にいる人」がいたらいいなと思ってこのブログを始めました。猫のこまりとお届け中。
この人について →